検索
  • szkbksk5

COVER Ⅳ


COVER IV 展

川口洋子 

日下部一司 

黒瀬 剋 

杉山卓朗 

堀尾昭子 

山崎 亨

キュレーション:山崎 亨

■会期 2019年2月9日(土) 〜2月23日(土) 14:00-19:00 月・火休み

* オープニングレセプション:2月9日(土)17:00 ¥500(1ドリンク付き)

* アーティストトーク:2月23日(土)16:00 (参加費¥500)

特定非営利活動法人キャズ(CAS)

〒556-0016

大阪市浪速区元町1丁目2番25号 A.I.R.1963 3階

TEL/FAX 06-6647-5088

Web http://cas.or.jp/E-mail info@cas.or.jp

山崎亨さんのキュレーションでのCAS企画、「COVER Ⅳ」という展覧会に出品します。

お近くにお越しの節はお立ち寄りいただけましたら幸甚です。

チラシの写真は井上陽水の「UNITED COVER」というジャケットの写真を真似てそれぞれがポーズをとったものです。

ポピュラー音楽の分野では「カバー曲」というものがあるようですが、それを美術の世界に置き換えて考えてみるという企画意図のようです。

僕は、写真家の福原信三・福原路草の写真作品を扱ってみることにしました。

ご存知かと思いますが、信三は資生堂の初代社長、路草はその弟で作品もよく似ています。

まるでそれぞれがお互いの「COVER」をしあっているかのようで興味深いです。

福原信三と福原路草

------------------------------------------------------

 福原信三と福原路草の写真は似ている。似ているけれど、もちろん違うところもある。信三には風景への強い思い入れがあるが、路草の場合は少し距離を置いて事物だけを客観的に見つめているように思う。しかし、写真の持っている空気感は共通していて、ふんわりした温かい風が頬をやさしくなでるような、そういう心地よさは変わらない。その肌触りが気になって何度か鑑賞するうちに、彼らの写真を愛でるようになってしまった。

 似ているという要素は一体何なのだろう。そう考えていたら小津安二郎の「東京物語」を思い出した。あのカメラワークや画質が福原兄弟と似ている。東京物語は1953年の制作で、僕自身は同じ年の1953年に生まれた。そういう肉体的な因縁がああいう映像を好きにさせているのかもしれない。

 福原信三はトロピカル・ソホという手札型のカメラを使っていた。ハガキの半分くらいの大きさ(7.5×11cm)のガラス乾板で撮るカメラで、レンズは焦点距離13インチを使っている。手札判の13インチは35ミリカメラに換算すると105ミリレンズに相当する。105ミリといえば中望遠レンズだ。

手持ちの105ミリレンズでいくつか撮影してみたが、当然福原のような写りはしなかった。1913年頃のレンズであるし、モノクローム撮影を前提としたものと今日のカラー写真用レンズではずいぶん設計も違うだろう。そもそもレンズには癖がある。

 福原がこだわったのはレンズの画角が「自分の眼の角度」と合うことだったようだ。この辺の感覚的な嗜好は福原独自のものであり、被写界深度の浅いこの焦点距離のレンズが印象を表現するのに適していると判断したのだろう。

 いろいろなレンズを使って「福原兄弟ごっこ」をしてみた。近いイメージになったのは意外にも単眼レンズだった。ベス単レンズもその一つである。これは1912年以降に作られたレンズで、ちょうど福原兄弟が写真を始めたころ製造されている。

 もう一つはUltra-Fex(1950年頃製造)についていた単眼レンズだった。いずれも75から80ミリ相当の焦点距離で、福原信三の105ミリより短いが、レンズの自身の表現が似ている。レンズの自己表現というかそういう部分が似ているのだ。

 福原信三のトロピカル・ソホについていたレンズは遙かに高級だったと思うが、同じ時代の空気を吸って生きていたレンズであることに違いはない。(日下部一司)

2019/01/19

------------------------------------------------------

ニテイルケレドオナジデハナイ

それは似ている。あの作品に。だが全く同じではなく置き換えられている。あ る事が繰り返されているけれど同じではない。似ているのに違う。それは偽物 というのとは違う。両方ともホンモノなのだ。しかしいったい、ホンモノってな んだったっけ?

 美術史を振り返ってみると、先行する他者の作品から影響を受けて制作さ れた作品が沢山ある事に気付く。関わり方は様々で、ざっと思いつくだけでも 以下のようなものがある。

        模倣・参照・引用・借用・盗用・流用・継承・超克

 まずはざっくりと振り返るところからはじめたい。

 尾形光琳は、俵屋宗達の『風神雷神図屏風』を模写した。これはリスペクトからの模倣というべきだろう。ピカソはベラスケスの『ラス・メニーナス』を58枚も描いたがこれらはモチーフをねじ伏せるような参照・引用・借用だろうか。ゴッホは600枚もの浮世絵をコレクションし、そこから数枚カバー作品を描いたのは浮世絵に対する憧れが高じて継承というよりは超克したかったのに違いない。リキテンシュタインがモネの「積みわら」「ルーアン大聖堂」をベンデイ・ドット柄で描いたことは、イメージを借用して自らのスタイルそのものを際立たせることであった。マイブリッジの写真『階段を降りる女性』はデュシャンの『階段を降りる裸体No.2』に影響を与えたと言われる。さらにリヒターは写真絵画『エマ。階段を降りる裸婦』で絵画を終わらせようとした後のデシャンに対して反(アンチ)カバーをやってのけた。絵を描いても良いのだと。

 本展で言う「COVER」とは、ポピュラーミュージックにおける二次創作の概 念を美術に移行させたものである。過去の画家たちが様々な理由から二次創 作をしているが上記のものはCOVERと映る。それに対してR・プリンスが他人 のインスタ画像をキャンバスに転写した作品1)は新手のレディメイドとも考え られるが、これこそ盗用というものであってCOVERではない。かつては師匠の 作品のコピーを作るのが普通だった時代もあったわけだが、作家のオリジナ リティが尊重される世の中になってからは、その影響を受けての表現がエピ ゴーネンだと攻撃されてきたことを我々は知っている。単にオリジナルの複製(レプリカ)を作っただけではCOVERとは呼べず、二次創作であっても創る作 家のオリジナリティが発揮されていてはじめてCOVERが成立すると考える。

  今回、COVER展の4回目を開催するにあたり、「様々な絵画と複製技術、写 真とミニマル」に焦点をあてたが、構成するメンバーを招集するにあたって は、私自身の作家へのリスペクトや様々なバランスが考慮されている。以下、 各作家とそのCOVER作品を紹介する。

 川口洋子は、風景から受けた五感による実感を色彩として抽出し、その総 合的な経験を様々な色班によって表現する、抽出と表出の作家である。本展 の作品は、ゴッホの3作品をモチーフにして制作された。ゴッホの絵画を通し た彼女の筆先は、その「実感」を軸に、1888年のゴッホと繋がったのかも知れ ない。

 日下部一司は、数寄者として日常の様々なものから愛玩できる視点や認識 を披露する。モチーフとなったのは、日本の写真の黎明期を支えた写真家兄 弟2)の作品である。日下部は、彼らが使用したタイプに近いレンズを自らのレ ンズコレクションから探し当てた。そうして、彼らの作品を直接カバーするので はなく、対象との距離の取り方や構図を真似て新たな撮影が成された。その 素直なリスペクトカバーによって、三者の作品が共有するものを浮かび上が らせながら、蠱惑的な魅力を獲得した。

  黒瀬剋は、近年「継続絵画」「結合絵画」というシリーズを手掛けている。本 来、加筆されてその下に埋もれるはずのイメージを、加筆前に複写し加筆の 展開幅を増やすこと、そしてそれらが縦横に結合し、さらにそれらを統合すべ く新たな加筆が成された絵画。この新しい複写(写真)とペインティングの混 合技法が、ピカソの晩年の絵画上で行われた。老いに抵抗する性がシンボラ イズされた世界は、黒瀬により分割され再構築され加筆されて新たな具象+ 抽象画に変身している。

 杉山卓朗は、モデルなき三次元的抽象風景を描くことで知られるが、近作 では直線の集積で光を感じさせるシリーズを手がけるなど、超絶的な技量で 表現する作家である。杉山は、今回選ばれたモチーフである歌川広重の「新法 狂字図句画」も含め、江戸時代中期より庶民に広がった日本の代表的な落書 きとして知られる「へのへのもへいじ」に、以前から関心があったと言う。そう いった、およそ美術の世界では取り上げられない文字絵をコンピューター上 で描いたものと、その絵図がランダムに解体されたさまをフリーハンドで描い たものの2点セットの展示となった。大衆の立ち位置から描きたいという杉山 は、無名のまま数限りなく描かれた落書き文字絵を通して、西洋の美術史観 中心の我々の認識に横槍を入れている。

 ミニマルアートはモダンアートの極北に位置し、それ以前の絵画史と切断 されたアートとも言えるが、堀尾昭子は60年代からそれらの動向と並走する ように制作を重ねてきた。彼女の小さな作品が発する問いかけと構造の魅力 は特別なものに思える。今回モチーフになったのはA・マーティン、D・ジャッド、B・ライリーだが、作品はそれぞれそれらのカバーであるはずなのに普段の堀尾昭子作品と何ら変わらなかった。これは常に彼女の作品がミニマルアートやオプティカルアートの咀嚼と集約であり、美質の統合でもあったことの証左なのだということを示している。同時に、そこには発注芸術の工業的な強さと冷たさはなく、ステーショナリーサイズともいうべき模型的なスケールで行われた生産は、平常心から自然に生まれた手作り感を発している。毎晩制作するのが楽しみと言う彼女にとっては、もはや誰かの作品に似ているかどうかを問うよりも創りたいものを創ることに集中することで、自他を超越した境地に至っていることに注目したい。

 プラトンの洞窟でグズグズしていた人類は、写真によって知育される3)とのコトバがあったが、山崎亨は自らの立体制作によって知育された後、カメラと細工する紙等を携えて、逆に洞窟にこもりだした。イメージを三次元のジオラ マ空間として実現させ、それらを撮影によって二次元の平面、すなわち「イ メージ」に戻す仕事は、今後も続けるにちがいない。今回のCOVER作品は、ロ スコのシーグラム絵画のフレームを模型サイズで複数作り、それらを撮影し たものである。山崎は過去にフレーム作品を立体で何度か登場させたよしみ で ロ ス コ ル ー ム に 近 づ い た が 、そ の 没 入 感 と も 言 え る 瞑 想 的 な 世 界 は 、山 崎 とは当然、隔たりがあった。その「隔たり」を小さなアクリルフォトブロック数個 にプリントして立て、遊戯空間を作り出し解放に向かう。そしてフレームがアウ トフォーカスして没入していくものが、大きなプリントとなり、漂白されたフ レームは小さなプリントにおさまった。そんなヤマサキロスコルームと大小壁 面プリントたちが、「COVER」というお題に対する回答となった。

最後に、英語の「picture」という言葉が、「写真」と「絵画」の両方を指すこと を、いまいちど思い起こしておきたい。この二つの成り立ちが、それぞれ「写 す」と「描く」から始まるという違いはあれ、鑑賞の際にはpicture(絵)として両 者を同義に捉らえる、というのが私の立場だ。それは成立過程をないがしろ にして言うのではない。今日、ピクセル単位では、絵画も写真も「等価な色の四 角」として扱えるようになった。それ故、「真実を写す」とは限らなくなった「写 真」4)と「絵画」は、従来の背中合わせの関係ではなく、双方が補完し合い表現 する新たな時代に入っているといえる。そうした背景のもと、COVER IV展で は、今回も各作家の遡行が、それぞれに小さな系譜の補助線を引くこととなっ た。ここにあるのは、はたして借用なのか継承なのか超克なのか―過去に伸 びた6本の補助線が、さらに各人を超えて再び他者に接続する可能性がある のか、そしてホンモノトハドコニアルノカをこれからも注視していきたいと思 う。

キュレーション 山崎 亨(美術家、本展出品者)

注釈

1)リチャード・プリンスが他人によるインスタグラム画像をキャンバスに転写した作品は、個展で高額な 価格で売却された。インスタグラムに投稿された画像は転用が可能で、著作権侵害に当たらない。 2)資生堂の初代社長であり、写真家・福原信三(1883-1948)とその弟・福原路草(1892-1946)。日本の ピクトリアリスム(芸術写真)と評される。 3)『写真論』(スーザン・ソンタグ著、近藤耕人訳、東京、晶文社、p9、1979年)。 4)写真が修正技術とセットになることで、写真(デジタル)の様態は一般大衆レベルで変わった


147回の閲覧