W[Double]というタイトルの小冊子を過去に3冊作ったことがある。
折りたたむだけの簡単な印刷物で、折り面を斜めから見ると「W」という文字に見える。
円形写真を集めた写真集だ。
ダブルだから、二集目を作った段階で終了しようと思ったが、調子に乗って昨年は三冊目を作ってしまった。
三冊目の対になるであろう四冊目の冊子をそろそろ作らないといけないと思う。
わけのないことだが、「対」でものを捉える癖があるようだ。
二つのものを並べたり、二度繰り返す行いのことである。
日常生活も繰り返される。
昨日の次が今日であり、今日の次が明日になる。
反復しながらズレていくのだ。
昨日の自分と同じ顔をしていながら昨日の自分ではない。
Doubleは反復の最小単位で、そう考えるとミニマルな存在であることに気づく。
「反復とズレ」というタイトルでもよかったのだが、ここは慎ましくDoubleとした。
いくつかの秩序、いや秩序というほどでもない何かのルールのようなものが無関係に交差しながら日常が成り立つ。
目の前にあるもののあり方もそのようではないか。
何かを作り出すことにあまり興味がない。
すでにあるものを見つめたり、そこに絡んだ秩序のようなものを発見することが面白い。
作品は作るが、作っている意識がないのはそのためだろう。
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